「ヒップホップの売上がロックを超えた」 売上データから読み解くU.Sシーン(後編)

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「ヒップホップの売上がロックを超えた」 売上データから読み解くU.Sシーン(前編)

前編に続き、”Nielsen Music MID YEAR REPORT U.S 2017”から、現在のU.Sヒップホップシーンを読み解く本企画。
後編では、アーティスト別の売上情報から、分析を行ってみようと思います。

2017年の状況を見る前に、まずは2016年における全消費形態を合わせたアルバムの総合消費TOP10を見てみましょう。

まさに”Drake”の1人相撲状態です。注目すべきはその圧倒的なストリーミングの再生数。2位以下にダブルスコアをつけて圧倒的な数字となっています。
一方で、セールスについてもアルバム、曲単位ともにTOP3に入るスコアとなっており、総合的に「最も消費されたアーティスト」として堂々の1位に付いていることが分かります。
また、半数近くのアーティストにおいて、全体売上の5割以上をアルバムセールスが占めており、セールスがランキングを大きく左右している状況となっています。

では、2017年の全消費形態を合わせたアルバムの総合消費TOP10を見てみましょう。

堂々の1位“Kendrick Lamer”を始めとして、“Drake”、“Migos”、“Future”、“Post Malone”と5名のヒップホップアーティストがランクイン。”Drake”1人相撲の2016年とは大きく状況が変わっています。

また、2016年と大きく異なるのは、全消費形態における「アルバムセールスの比率」です。なんと、全体売上でアルバムセールスが5割以上を占めるアーティストが1組もいません。圧倒的にストリーミング再生数に左右されているランキングとなっています。

ちなみに、先ほどお見せした2017年のランキングTOP10を、「アルバムセールス」、「曲単位のセールス」、「音楽ストリーミングの再生数」でそれぞれ並び替えを行うと、TOP5の顔ぶれは以下のようになります。

アルバムでは“Kendrick Lamer”が2位に位置付けるものの、なんと曲単位ではヒップホップアーティストが1人残らず消えてしまいました。その代わり、ストリーミングでは4/5を占める形となっています。

言ってみれば非常に筋の通った話です。
スマホで音楽を再生すると考えた時、ストリーミングサービスに加入している人が音楽を購入しなくなるのは当たり前の話ですし、いわば「買い切りからストリーミングへの民族大移動」が起こっていることは想像に難くありません。

ストリーミングへの移動傾向が更に顕著に現れているのが、「曲別でのストリーミング再生数ランキング」です。

TOPを “Ed Sheeran”に譲ったものの、8/10をヒップホップアーティストが占めています。また、全体ランキング以上に、トラップのアーティストが目立つことや、Featuring曲がうち3つを占めていることも特徴的です。

ここまで見て分かるのが、「アルバムを購入して音楽を消費する層」と、「ストリーミングで音楽を消費する層」の2層を共に惹き付けている”Kendrick Lamer”は、他にランクインしているヒップホップアーティストとは明らかに一線を画していると言うことです。

音楽ライターの間で「“Kendric Lamer”=ショートケーキのイチゴ」なんて例え話が語られることがありますが、まさに数字でもそのような状況が浮き彫りになっています。

以下引用

ヒップホップをケーキとするのであれば、ケンドリックは頂点に乗ってるイチゴで、それは素晴らしいものだけど、イチゴだけとってこれがケーキだって言われても困るっていう話です。で、スポンジの部分はアトランタなんですよ。
(長谷川町蔵 MUSIC MAGAZINE 2017年8月号「いろいろな意味でヒップホップ的な縛りから自由になってる 世代交代が進むこの5年のシーンを語り尽くす」)

■総括

以上前後編に渡り、U.Sヒップホップシーンの現状を見てきましたが、このデータからは、以下のような状況が考察されます。

・アメリカの音楽消費は、急激にストリーミング消費にシフトしている。
・ヒップホップは、ストリーミング再生と非常に親和性の高い音楽ジャンルである。
・ストリーミング市場におけるヒップホップの成長を下支えしているのは、トラップミュージックの興隆による多極化であり、Featuringのような共作を通じて、更なる活性化が促されている。

ストリーミングの急拡大は世界中で大きな潮流となっていますが、日本の音楽消費においてはまだまだ発展途上ということがよく言われます。
「MCバトル」を中心として、アメリカとは全く異なる形で、規模の拡大やアーティストの多極化が起こっている日本のヒップホップシーンはこれからどうなっていくのでしょうか。

国内ではこのような定量データが流通していないため、机上の議論を進めることが難しい状況ではありますが、いつかそのような情報がオープンになった時、多くのヒップホップアーティストが上位に食い込んでくるような未来がやってくることを願ってやみません。

(KANEKO THE FULLTIME)