「子供が大変な時にそばにいてあげないのはHIP HOPじゃない」NAOMY ロングインタビュー(後編)

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「本物のラッパーの人に絶対にバレないようにやっていた」”群馬の暴れ馬” NAOMY ロングインタビュー(前編)

2011年、MCバトル黎明期に、バトルデビューを果たしたNAOMYさん。自身の年齢を生かした独特の韻やラインで、ヘッズたちの注目を集めました。現在は子育てをしながら、楽曲制作をされているとのこと。インタビュー後編では、現在のNAOMYさんが、どのようにラップ・HIP HOPと向き合っているのかをお伺いしました。

歳を重ねていた方が笑ってもらえるし、有利なこともある

Yasco.
初めてバトルに出られた時、どんな感じでしたか?

NAOMY
とにかく、練習をすごくしました。本来は即興なんだろうけど、絶対に頭が真っ白になるだろうな、怖いな、とすごく思って。真っ白になった時に保険で言うことを考えておかないと、人前に立てない!という感じでした。でも年齢的に、今からラップで天下を取るぞ、というわけじゃないし、もともと「やっておけばよかった」って後悔したくない、という気持ちで始めたわけなので、受け入れてもらえなくても仕方ないかな、と思っていたんですよね。今よりもずっと女性の出場者や、面白いテイストの人も少ないし、まずエントリーした時点ですごい!みたいな気持ちはあったかな(笑)

ガチガチの怖い人と当たって、すごい顔を近づけてdisられたらどうしよう、と思って行ったんだけど、初めて対戦したMATTUNさんという方はそういう人ではなかったから、それはよかったですね。思った以上に会場から受け入れてもらえたし、「あ、笑ってくれてる!」みたいな反応があったのは、やっぱり驚きました。

その時は2回戦で負けたんだったかな? でも、勝ち上がることよりも、出ることに意味があったし、実際に戦ってステージを降りたら、「やばかったですよ!」とかって声をかけてくれる人もいて……今までクラブで友達なんかいなかったのに、急に知り合いが増えました。
「姐さん!」みたいな感じで若い子が親切にしてきてくれて、バトルの前に「次の相手は●●ですよ、あいつ大丈夫です、行けますよ」って言ってくれたり、負けたら「仕方ないっす、相手が強すぎました」とか慰めてくれたりして。会って数回の子とかにも親切にされましたね。

Yasco.
演劇って、1公演一緒にやって、ようやくみんなと仲良くなる、みたいなところがあるじゃないですか。でもバトルだと、みんなの前で1戦やって、そこで「よかったよ」とかって声をかけてもらって、その時点で結構コミュニケーションが発生するから、そこは面白いところですよね。

NAOMY
特に私は、普段は迫害…とまではいかないけど(笑)HIP HOPの話をできる人があまりいなかったから、バトルの場に行けばそういう話もできるし、お互い好きなものっていうベースがあるので、それが楽しかったです。
でも、バトルに初めて出るときって、すごく怖いですよね。みんなそういう思いがあるのはわかっているから、出ただけで「お前も頑張ってるんだな」みたいな(笑)

Yasco.
人前でマイクを持って言うのと、動画とかを見て影で言うのと、全然違いますもんね。
練習はどうやってされたんですか?

NAOMY
バトルとかを見て「こう返したら面白いだろうな」とかって考えるのがすごく好きだったので、シミュレーションをすごくしましたね。その当時だと、UMBのDVDだったりとか、あとは東京だったら現場に足を運んだり。普段から、記事とかを読んでいる時に「この単語で韻を踏んだら面白いだろうな」っていうのを見つけて、意識して覚えておく、というのもやってました。それを一人でスタジオに入って実際にやってみたり。

※サイプレス上野さんとのバトルで「橋田寿賀子」で韻を踏むNAOMYさん

やっぱりお芝居だと、超練習するじゃない? だから練習をしないのがすごく不安で、自分を安心させるためにやっていましたね。それでも当時は、ステージに立つ前に膝抱えて「怖いよ〜」と思っていたし、今思い返すと、なんでそんな思いをしてまで出ていたんだろうって思いますけど(笑)

Yasco.
NAOMYさんの好きなバトルって、何かありますか?

NAOMY
般若さんvs RUMIさんとかは泣いちゃうかな……あとバトル自体ではないですが、2012年のUMBで、mol53さんがバトルの優勝賞金で地元に帰るつもりで、お金を全然持たずにやってきて、でも結局準優勝になってしまったことがあったんです。残念だな、と思っていたら、年明けにmol53さんのお友達が、「僕たちこういうわけで帰れずに、友達の家を転々としています。帰る交通費を稼ぐためにCDを売っています、買ってください」ってTwitterにつぶやいていたんですよ。
「なんだこれ、背水の陣すぎる!」と思って(笑)まず、勝つつもりでお金を持たずに来ている状況も、相当熱いな、と感動して、とりあえずCDを買いました。このエピソードはすごく印象深かったですし、大好きです。本当に個人名の口座にお金を振り込んで……でもなかなか届かなかった、っていう(笑)そういうドラマが見えると、面白いなと思いますよね。

Yasco.
ご自身のベストバウトはどうですか?

NAOMY
よく動画とかで見ていただけているのは、サイプレス上野さんとのバトルかな(戦極5章)。あの時は頭がいっぱいでしたが、後から見返すと、disじゃない楽しい試合ができてよかったな、と思います。

あとは……私、チプルソさんと当たった時に、「このクソアマ!」みたいなことを言われたんですよ。「殺す」みたいな怖いこともたくさん言われて、ステージ上でも握手してくれず、やっぱり怖い人なんだな……と思っていたら、ステージを降りたあとに、さりげなく握手してくれたんですよ。もう……惚れますよね(笑)バトルもある意味手を抜かないでやってくれたんだと思います。
そこまでたくさん出たわけではないのに、サ上さんやチプルソさん、あとmol53さんとも当たったことがあって……当時はエントリーの枠もそんなに埋まっていなかったから、強い人と当たる確率も高かったんですよね。

Yasco.
そういう……ちょっと怖めの方に、どういう形でアプローチするんですか?

NAOMY
やっぱり私が「殺す!」とか、ハスラーっぽい感じのことを言うのはリアルじゃないから、結果的には、相手が誰であれ、自分の話をしてましたね。「私はこんなに大変なんだ!」みたいに愚痴をぶつけるスタイルは変わらずでした(笑)私は年齢のことがあるから、大抵「おい、ババア!」みたいなdisが来るんですよ。だからそれに対する返答はいくつか用意してましたね。あと、婚活ネタ・貧乳ネタとかの自虐は、相手の方をdisらずに、自分の不満を吐露出来て、かつお客さんも盛り上がってくれるから、よく使っていたかな。

お芝居をやっていると、いわゆるブスキャラ・デブキャラみたいな、もともとの個性で面白い人がいたりするから、私が多少ギャグを言ったところで全然敵わない、っていう悔しい思いをしたこともあったんですよ。その人の見た目だったり、年齢だったりにあったことを言うのが大事なんだな、というのは念頭にあって。だから自虐ネタとかは、自分がオバちゃんになってきたことで、若い子が言うよりも笑ってもらいやすくなっている部分もあるな、と思ってよく使っていましたね。ずっと演劇ではその点で苦戦していたから……って、バトルは笑いを取る場ではないですけど(笑)
バトルって、正統派の人がいて、その周りに女性や、面白い方、社会人の方も含め、色々なMCがいる……っていう状況がいいな、と思うので、先日のUMB福岡予選で椿さんが優勝したニュースは、やっぱりすごく嬉しかったですね。

Yasco.
すごい個人的な相談をしてもいいですか? 最近バトルに出ると、高校生が増えてきているのもあって、めっちゃオバちゃんdisをされるんです(笑)

NAOMY
嘘、そうなの? それは「NAOMYさんに失礼だろ!」って言ってあげてください!(笑)バトルに限らず、みなさんにお伝えしたいのは、「お前も絶対年取るからな」っていうことですよね(笑)もう40とかになると、健康面でも、体力面でも、今の私でいうと子供や家族のことがあって、どんどん自由が効かなくなるんですよ。ただ、もちろん若い方が有利なこともあれば、歳を重ねていた方が有利なこともある。私が「オバちゃんの愚痴スタイル」を出せたのも年齢のことがあったからですしね。

子育てはA-THUGでバランスを取っている

NAOMY
先ほど、後悔したくないからバトルに出始めた、という話をしたんですけど、やっぱり女性って、結婚して、子供を産んだりすると、どうしても男性と比べて動きが制限されてしまうんですよね。もちろん状況次第で、例えばCHARLESちゃんみたいに早めに復帰できる人もいるし、続けていくことはできるとは思うんですが。

Yasco.
楽曲制作とかは結構されていますよね?

NAOMY
そうですね、バトルとかには出られないけれど、実は2ndアルバムを今年中に出す準備をしているんです。レコーディングの時間もなかなか取れないのですが、DJ RINDさんの協力もあって、かなりマイペースで進めさせてもらっています。内容は母になった、ということをメインにしていて……ただ主婦の愚痴とか、子育ての愚痴とかがほとんどなので、ZORNさんみたいに心温まる感じではないんですが(笑)大げさですが、実際に親になってみると、保育園問題とか、世の中の問題とお母さんの不満ってつながっている部分もあるので、一人の母親の不満として聴いてもらえたら嬉しいですね。ラップ自体、もともと黒人さんの不満から始まった音楽ですし(笑)

Yasco.
家族が出来てから、ラップとの向き合い方ってどのように変わりましたか?

NAOMY
独身時代が長かったから、これまで自分中心でやってきたんですけど、子供とか、自分以外の人の重心が増えたので、まずそれがすごく不思議な感覚です。私特別子供好き、っていうわけではなかったんですけど、子育てをしていたら大好きになってしまいました。
最初は子供がいることで、イベントに遊びにいけないことが、ストレスでもあったんです。ただ、うちの子供は体が弱くて、赤ちゃんの頃は入院も多かったんですよ。

出産後に、正社員さんにバトルイベントにお誘いいただいて、出場する予定があったんですけど、その時に子供の体調が悪くて、ちょっとした手術をしましょう、ということになったんです。そのイベントの日程が、手術の日と近かったんですよ。演劇の本番って役者の代わりがきかないから、休むなんてありえないじゃないですか。だからバトルでエントリーをキャンセルしてしまう人もたまにいるけど、私はキャンセルってすごくいけないことだ、って思っていたんです。
そのイベントは結局、正社員さんにも相談して、お休みさせてもらうことになりました。その時、正社員さんが、「バトルに出たいって言っている人はたくさんいるので、気にしないで大丈夫ですよ」と言ってくれて。それを聞いて、「バトルに出たい人はたくさんいるけど、この子のお母さんは私しかいないんだ」って改めて思いました。娘の大変な時にそばにいてあげられないなんて、それはHIP HOPじゃないな、と。

今は楽曲制作もスローペースですし、現場にもなかなか足を運べないですが、ずっと聴いてきた音楽なので、何か選択をする時に、HIP HOPの面々からdisられるような恥ずかしい行動は取らないようにしよう、っていう想いはどこかにあります。「女は結婚したり出産すると続けられないよな」って思われてしまうのはすごく残念だな、と思いますし、自分自身が活動をやめてしまう前例を作りたくはないな、と思っていたので、活動できる人はやった方がいいと思います。ただ、子供が元気な時に、誰かに預けて息抜きをするのはいいことだけど、やっぱり大変な時にはついていてあげないといけないな、って。

子供が入院をしたりするのって、心配だし、やっぱり辛いことでもあるんですけど、子供=好きな人、じゃないですか。だから好きな人のことを心配したり、好きな人のことで大変なのは、全然苦しくないんですよね。だから心配なことが多いと、どんどん好きになってしまう、っていう吊り橋効果みたいなものがあって(笑)それもあって娘のことは大好きですし、それによって得たものはたくさんあったなと思います。子供は言うことも効かないし、放り投げてしまいたくなることもあるんですけど、病気だった時のことを思うと、元気でお家にいてくれるということがすごく嬉しいことだし、当たり前じゃないんだなということがよくわかります。赤ちゃんって、ちょっとしたことで病気になったり命の危険にあったり、弱い存在なんですよね。私は健康だから、あまりありがたみがなかったけれど、ちゃんと生き延びていることがありがたいことなんだ、っていう実感がすごいありました。子供の体調が良くなって、添い寝した時、喜びが半端なかったんですよ。だから今は、子供の健康が落ち着くまでは、子供中心にしたいな、と思っていて、イベントに行けなくても、そんなにストレスには思っていないですね。

もし今バトルに出たとしたら、自分の子供と言ってもおかしくない年齢の子がたくさんいるわけですよ。「こんなに大きく元気に育って、好きなことや友達を見つけて……」って思ったら、おばちゃん泣けてきちゃう(笑)「やんちゃして、お酒たくさん飲んでもいいけど、体だけは大事にしなさいよ」みたいな(笑)

Yasco.
今は結構子持ちのMCの方も増えてきていますが、お子さんがいらっしゃる方と当たると、あまりdisる、っていう方向性でこないな、という印象もあります。ただ、私、1回目のCMB(※CINDERELLA MC BATTLE。女性だけのバトルイベント)の時、同じく子持ちのMC、DERELLAのMIHOさんと当たって、バチバチに戦って、結果「仕事vs育児のバトル」ってメディアとかブログに書かれたんですよね。そういう見方をされるんだな、って少し違和感がありました。

NAOMY
でも、「仕事と育児」っていうけど、もう育児しながら働いている人だってたくさんいる時代じゃない? 込み入った話になっちゃうけど、子供が欲しくても産めない人だっているし、育てるかどうかも人それぞれだから、バトルの小節では言い尽くせないことがたくさんあると思う。

でも、私も子育てしながら働くっていいことだな、と思うけど、いざ自分がお母さんになると、いいお母さんでいるべきなんじゃないか、例えば働いたり、遊んだりしないで、子供のそばにいた方がいいんじゃないか、って固定観念のもとに我慢しちゃう人って結構いると思うんですよ。ただ、今は若い人とかが、そういう壁を割と乗り越えている感じがしますし、例えばTomgirlさん(第2回CMBに出場)とかも、最近バトルに復帰されて、よかったな、と思っていたんです。
自分以外に大切なものがあって、頑張れるっていうこと自体がいいことだし、仕事と育児というものが対立するとは、私はあまり思わないかな。主婦も規模は小さいけど、家庭の経営を成り立たせるのが仕事じゃないですか。だから同じだなって思います。

Yasco.
そうですね。私も自分達で会社を経営しているんですけど、今、お子さんのお話とか伺って、お母さんたちもそうやって家族を支えるために腐心しているんだな、と改めて思いました。
今お子さんおいくつでしたっけ?

NAOMY
2歳になりました。教えてないんだけど、音楽が好きみたいで、ボタンを押すと童謡が流れる絵本で音楽を流して踊っています。だから子供に合わせて「げんこつやまの〜」みたいなのをほんわかとやってるわけですよ。でももともと、悪い感じのラップとかもすごい好きだったから、息抜きでそういう曲を聴いてバランスを取っています。一例ですけど、A-THUGさんとか(笑)とにかく”Drug! Money! ”しか言ってない、みたいな曲とかを聴くと、「いけいけ!」みたいな気持ちになるんですよね。

あと子供向けの絵本とかで、「おやさいたべなさい」みたいな感じで「おやさい」がたくさん出てくるわけ(笑)だから絵本を読み聞かせしながら、「”野菜”も色々だよな」って思ったりして。そういうのって、子育てしていないと思い浮かばないラインだと思うんです。そういうのをネタにしたいな、というのはあります。この前は、車でDOGMAさんの曲を流していたら、娘が絵本のボタンを押し出して、DOGMAさんの上に「かもめの水兵さん」が流れてきて。もう、カオスですね(笑)

Yasco.
お子さんが大きくなって落ち着かれたら、復帰も考えられていますか?

NAOMY
私子供を産んだのが遅かったので、本当にクタクタなんです(笑)そこはCHARLESちゃんの復帰のスピードと比べちゃいけないなって。子供が寝てから、動画見たりしよう、なんて思えず、「寝かせてくれ!」となってしまいます。一通りの子育てが落ち着いた頃には、もうアラフィフじゃないですか(笑)50代でラッパーの女性って、前例もないし、状況がわからないし……。ただ、今も新譜はチェックしたりしているから、ずっと好きであり続けるとは思います。
そういう意味でも、30代後半でMCバトルに出始めるなんて遅いな、と思っていたけれど、今の動きにくい状況を考えると、本当にやっておいてよかったな、と思います。ある程度年齢がいくと、否が応でも体力が落ちてくるから、「やりたい」っていう気持ちも絶対変化してくると思うんです。もっと歳をとったら、歩くのが億劫になったりするだろうし。だから、やりたいっていう気持ちが強いうちにチャレンジしておくのが一番いいんじゃないかな。

ちなみに、うちの祖父が来月100歳になるんです。身近に長生きしている人がいるから、まだまだ先は長いなって思えるんですよね。そう考えると、30代なんてまだまだ若いなって思いますし、じゃあまだ何か新しいことをやってみようかな、って思えるし。私も、歳取っていてもやってる人がいるんだ、って思ってもらいたいから、いつかまたやれたらいいな、という気持ちはあるんですけどね。

(聞き手:KANEKO THE FULLTIME, Yasco. 構成・文:Yasco.)

▼NAOMY 次回作 EP「JS 自称主婦(仮)」 2017年リリース予定

フリースタイルバトルブーム前夜、独身アラフォー女性をレペゼンしMCバトルに参戦、独自のスタイルで異彩を放っていたが、2014年に結婚、2015年には出産。激動の変化を迎える。家事と育児に追われる日々の中で感じた喜び、不安、葛藤、そして、、、愚痴。高齢母にのしかかる育児負担を愚痴りぬいた「肩が凝る」、理想の主婦像という無言の圧力の脅威を描いた「Shufu」、SNSでこれでもかと振りまかれるママタレ・セレブと己との違いに震えた「よそはよそ うちはうち」、愚痴の果てに辿り着いた母としての決意を宣言した「母さんはアタシ」等、ハーコーな主婦の暮らしを哀愁とユーモアを散りばめリアルに描き出した本作。全ての主婦と、全てのハーコーライフを生き抜く人々に捧げる、ぼやきスタイルエンターテインメント。これが主婦のリアルライフ。