戦極の一番の売りは「やっぱ、愛」株式会社戦極MC代表・MC正社員ロングインタビュー(後編)

株式会社戦極MC代表・MC正社員さんの経営者としての側面に迫るロングインタビュー。後編では、2015年の起業以降から、正社員さんがイベントを行うにあたって大切にされている理念をお聞かせいただきました。

イベントは、それぞれのMCとしっかり会話したうえで、作り上げるものだと思う

—2015年以降は、高校生ラップの人気も上がってきたり、フリースタイルダンジョンも始まったりと、怒涛だったと思うのですが、印象的だった出来事はありますか。

色々な流れがあって、それに対して思うことも多々あるんですけど、俺の中では、アスベストがやめたことが大きかったかな。

アスベストって最初に戦慄に俺を誘ってくれて、このシーンに俺を入れてくれた人物なんですよ。10章までは彼と八文字さんが司会をしていたし、それまでみんなは俺のこともよく知らなかったんじゃないかな。彼は元銀行員で、ラップで飯食いたい、って言って仕事を辞めて活動していたんだけど、11章の時にいきなり「辞める、大阪にも行きたくない」って言われたんです。
2015年に、戦極CAICAからアルバムを出して、その時般若さんにも客演してもらって、一緒に代々木にも立っていて……だからどうして、って聞いたら「音楽で飯を食う人間は、俺には理解できない気合いを感じる。それが俺には無理だ、ってことが、般若さんとか、KENさんと一緒に仕事してわかった。正直、正社員君も、俺からしたら常識外の気合いすぎる」みたいなことを言われて。

俺、今は表に出て、司会とかしてるんですけど、それはあくまでもアスベストの代打のつもりで、いずれアスベストが戻ってきたら、司会を彼に戻そうと思ってたんです。でも、こないだ話していたら、彼はバトルの動画もたくさん上がっているから、「呂布カルマと戦ってた人ですよね?」とかって会社でも言われるらしいんですよ。「でも俺は、戦極に出てたってことよりも、正社員くんと一緒にできたことを誇りに思ってる」って言われて。それを聞いて、もう戻ってこないんだな、って思ったっすね。
俺も司会に立って、いろんなことを勉強できたけど、それもあってそろそろ表からは去らないとな、と思ってます。そうじゃないと若い子も育たないし、ある種俺自身もひとつ上の立場に行かないといけないな、と。それがどういうものかはわからないですけど。戦極も、自分がバトルが好きで、趣味のような気持ちでやっていたけど、もうこの規模になったら、そうも言えないですからね。

—2015年以降、LINEやPARCOのような企業とのコラボや、U22やCINDERELLA MC BATTLEなどの事務所とコラボするようなイベントも出てきて、規模も大きくなっていますよね。各大会から本選への出場権が与えられる……という構造が、うまくまとまったのが先日の第17章だったかな、と思いましたが。

でも第17章は、超反省してるんですよ。みんな来てくれて楽しかったし、MCもしっかり戦ってくれたと思うんですけど、運営サイドに問題があって。ここ数年イケイケのつもりで、戦極をどんどんでかくしていこう、UMBとかには負けねえって思ってやってきたけど、まず俺自身が主催者として、Zeppの大きさに飲まれてしまったんですよね。MCたちにとっても戦いにくい環境だったと思います。お客さんの多さとか、Zeppの雰囲気とか。

—確かに、あの広い会場で見ていて、MCとの距離感は感じました。あと、新しいお客さんが多くなると、ずっとラップをやっているMCとは盛り上がるポイントも違うと思うので、規模が大きくなると、演者自体がベストを尽くすのが難しくなることもあるんじゃないかと思いました。

そうなんですよね。それを今後、ちゃんと考えたいと思っていて……ライトや映像の調整をはじめ、主催者側として改善していかないといけないポイントは多数あると思います。一方で、極論、1000人くらいの箱がMCバトルの会場としては限界なのかもな、とも思ったりします。

もちろん楽しんでくれる人もいっぱいいたし、ビジネスの話で言うなら、お客さんもたくさん入って、DVDだって売れると思いますよ。だから割り切ってドライにやったっていいんですけど、やっぱりそれは戦極の売りではないと思うんですよね。

—戦極の一番の売りって何ですか。

やっぱ、愛ですね。愛だと思いますよ、俺は。
これまでもずっと、俺が選抜メンバーを考えてオファーしていたんですけど、今回はバタバタしてしまって、ひとりひとりに今回の大会の意図を伝えたり、本人たちの気持ちを聞いたりすることもできなくて、MCに任せすぎてしまったな、と思ってます。本来は、それぞれのMCとしっかり会話したうえで、イベントを作らなきゃいけないと思ってるんですよね。

みんながいたからできたシーンだということを忘れずにいたい

—株式会社戦極MCは、社員は雇わないんですか。

雇わないですね。代表者と社員だと、距離感とか気持ちが違うじゃないですか。例えば前の会社でも、100万、200万くらいのミス、俺もしたことあるんですよ。でも自分の財布じゃなかったらそんなミス、何とも思わないじゃないですか。でも今自分の会社にそんなことがあったら、小指切られるくらい辛いわけですよ。だから社員は入れないつもりです。……俺があんまり人を信用してないのかもしれないですけど(笑)

—2018年はどういった活動に注力していかれますか。

第18章をベストな大会にしたいというのもあるけど、あとは企業とのコラボの仕事は増やしたいんです。3月18日に開催していた「渋谷サイファー」って、HARLEMに1000人くらい来て、入れなかった人もいたらしいですよね。無料とはいえ1000人もの人が足を運ぶっていうのは、影響力がある程度ついてきている証拠かな、と。そこは是非アピールしていきたいですね(笑)

あと、そういう人と仕事の話をしている時に、例えば「裂固くん、すごくかっこいいですよね!」って言われたりするんです。でも岐阜には裂固の前にもっとかっこいいMCがいっぱいいるし、今注目されている福島のmu-tonも、その前にはJAG-MEとTAICがいるし……今回戦極CAICAから智大のCDを出したのも、GADOROとmol53の前に九州にいたのは智大だから、それを知って欲しかったんです。そりゃ、全員は無理だと思うんだけど、やっぱり昔からいたやつらにもいい思いをさせたいんですよ。だって、みんながいたからできたシーンだから。
俺がバトルを見始めた時にやっていたやつらも、今はもう表に出て来ない人が大半だけど、彼らがいたおかげで俺はバトルが好きになれたし、少ないかもしれないけど彼らを応援していたファンもいたわけで。そういう人たちがいたから今が成り立ってるってことをみんな忘れてるって思うんですよね。

メジャーの人間からしたら、アングラのHIP HOPって結局「売れてないよね」って話にまとまっちゃうかもしれない。確かに枚数で見たら売れてないんだけど、それをサポートして、「でも、かっこいいですよね?」って見せられるのは多分俺だけなんですよ。だから先人たちへの尊敬を忘れないようにしつつ、企業の方からもお仕事をいただきつつ、彼らが上がれる舞台を作っていきたいと思いますし、MCの方々にもチャンスだと思って、利用していってほしいですね。

—今後レーベル業もされていくかと思いますが、正社員さんが注目されるMCってどういう人なんでしょうか。

バトル・バトルじゃないっていうところに拘らず、売れるだろうなってMCはたくさんいますよ。でも最低限として、ある程度外見がよくないとダメかな。顔とかじゃなくて、雰囲気として、スタイリッシュだったり、変わっていたり、不穏だったり……不敵な雰囲気がないと惹かれないですね。

でもそういうやつって、大抵おかしいんですよ(笑)。俺たちの常識が通用しないというか……ACEもMOL53もタイプは違えどそうでしたね。あとはDOTAMAさんとかも狂ってるなって思いますよ。勉強熱心でストイックすぎるもん。KENさんだって、今や人格者みたいになってますけど、一枚めくったらあれほどハードコアな人いないと思う。もしかしたら一番HIP HOPな人かもしれない(笑)。世間が思う正解に合わせてHIP HOPをプラスする能力がハンパないし、誰に対しても嫌な気持ちをさせないんですよ。エピソードとして何かあるか、って聞かれると見つからないんだけど、そういうところも含めて、あの人はちょっと気が違ってるって思うな(笑)。

—「バトルブーム」と言われ始めてから2年くらい経って、目に見えて色んなバトルイベントが増えたなと感じるのですが、それに対して何か感じることはありますか。

ここ数年の盛り上がりで生まれたイベント、消えたイベントも色々ありますよね。代理店がやってるイベントも赤字になったとか、そもそも飽きたとか……そういう理由でやらなくなった、みたいな話を聞くと、もう二度とやらないでほしいと思う(笑)。そんなことで辞めるなら、代わりに俺がやってやろうかな、って思っちゃうし。そういう反骨精神はあると思いますね。
これまでも、他のイベントのオーガナイザーから、「これでシーンを変えるんで」とか「正社員さんとは違うんで」「お金のためにやってないんで」とか言われてきたんですけど、1・2年とかで終わっちゃうでしょ。俺はしつこいからね、性格が(笑)。いつまでも覚えてますよ。でもこれだけ楽しんでいる人が増えていて、もうバトル自体はブームではなくて、ちゃんとしたカルチャーとして認められてきているんじゃないかな、と思っています。

—その中で、MCバトルはHIP HOPなのか、というような話が上がることも多々ありますが、今後バトルシーンをどういう環境にしていきたいですか。

俺自身はHIP HOPがどうとかって、もはやわからなくなってきていて。HIP HOPってそれぞれに答えがあると思うんですよ。例えば、俺は海外のHIP HOPにはあまり詳しくないんだけど、それをHIP HOPじゃない、って言われたら、「そうですか、私とあなたの思うHIP HOPは違いますね」って、それでいいと思うんですよね。
でも俺はやっぱり、いわゆるHIP HOPっぽいやつが好きなんですよ。だからそういう人に出てください、ってお願いもできるし、彼らをかっこよく見せるための環境として、お客さんや他のMCを集めることもできる。それは彼らにとってもチャンスだろうし。バトルに普段出ないラッパーであっても、ライブに出てもらうことで、彼らが思うHIP HOPをお客さんに伝えてもらいたいなと思って、イベントのライブも人選しています。そういう環境を作って続けていけば、みんなが幸せになるんじゃないかなって思いますね。

(企画・スライド:KANEKO THE FULLTIME  構成・文:Yasco.)