「生活が続く限り、ラップに終わりはない」アルバム「伊藤純」をリリース、JEVAインタビュー

2017年10月11日にアルバム「伊藤純」をリリースしたラッパー・JEVAさん。先立ってMVが公開されたアルバム収録曲「イオン」の、地方都市なら誰もが経験したことのあるピュアかつ共感性の高いリリックに、惹かれた人も多かったのではないでしょうか。今回はそんな等身大の「伊藤純的スタイル」を掲げるJEVAさんにインタビューを実施。そのスタイルが生まれた経緯や、30歳を目前にした初リリース、その作品づくりについて、お話を伺いました。

JEVA – イオン

憧れのものに近づけるよりも、自分のうちにあるもので曲を作るほうがいい

—ラップを始められたきっかけを教えていただけますでしょうか。

俺らが小学校くらいの時、ちょうどRIP SLYMEやKICK THE CAN CREWとかが出てきて、俺もはじめはその辺の曲を聴いてました。中3の時にキングギドラが復活した、っていうのも大きかったです。そしたら俺の友達の親戚の姉ちゃんが、名古屋のクラブでよく遊んでる人で、「あんたらそういう音楽聴くんだったら、こっちも聴きなさい」みたいな感じで勧められたのがM.O.S.A.D.でした。その後高校生になったくらいに聴き始めたのが「新宿STREET LIFE」(MSC)。

M.O.S.A.D.やMSCには、それまで聞いていた日本語ラップとは全然違う、アングラ・ギャングスタみたいなものを感じて、憧れはあったっすね。ただ、サグい部分が好き、というよりは、MSCでいうと「新宿STREET LIFE」よりは「帝都崩壊」とか「MATADOR」みたいな、「ill, dope」な方面への憧れが強かったかな。

—ちなみに、MSCでは誰が好きでしたか?

俺はTABOO1のちょっとせっかちなラップが好きでしたね。「MASTA PIECE」って曲がすごい好きで。NITRO MICROPHONE UNDERGROUNDだったらMACKA-CHIN。証言やったら……俺はGAMAっすね。YOU THE ROCK★も好きですよ。「Duck Rock Fever」って、スチャダラパーのSHINCOがディスコっぽいトラックを提供している曲があるんですが、それがめっちゃかっこいい。

そういうのを一緒に聴いていた友達が「俺らもラップやらへん?」と声をかけてきて。2人とも、その時は自分ひとりで活動するのはちょっと……という感じだったから、そこで曲作って、ライブをやらせてもらったのが、ラップを始めたきっかけですね。そいつが大学で滋賀に行ってしまったので、そのあと期間が空いてしまったんですが、彼が滋賀で仲良くなった人たちと一緒に曲を作ったりして、また活動を再開しました。

当時はやっぱり、illでdopeなものに憧れていた部分があったので、今とは違うスタイルだったと思います。そういう曲が好きな2人でやっていたからなおのことそういう曲調になりますし、その辺は相方に任せていた部分もありました。
ただ、やっていくうちに、誰かと曲を作るのは気を使う部分もあって疲れるし、憧れのスタイルに寄せて曲を作るのもちょっとしんどいな……と思い始めて。

俺は三重に住んでるんですが、レコーディングとかで名古屋に行くことが多いんですよ。そんなある時、岐阜のやつと一緒に向かっていて、「すげえ道中長いよな」「雪なかなか解けないよね」みたいな”あるある”の話をしとったら、「そういう”田舎者の憂い”みたいなテーマの曲を作ろうか」という話になったんです。

ZOO & JEVA – SUB-NAGOYA HOMESICK BLUES(2011年公開)

その時に、自分のパーソナルな部分の曲を初めて作って、すごくサクッと歌詞ができたんですよね。今までは断片的に書いた歌詞をつないだりして、かなり時間をかけて作っていたのが、もう、一筆書きで楽しく書けるような感覚があって。そのあたりから、憧れのものに近づけていくよりも、自分のうちにあるもので曲を作るほうがいいやん、という考え方に転換しましたね。それが今のスタイルの元になっている感じです。

Jet City Peopleでは、いい作品であればジャンルは関係ない

―今回のリリースはJet City People(以下JCP)からでしたが、「才能至上主義集団」を謳う、かつちょっとアングラなイメージのあるJCPから、JEVAさんのアルバムがリリースされたことに少し驚きがありました。JCPに入ったのはどういうきっかけだったんですか?

名古屋でイベントに出た時に知り合ったラッパーの人が、知り合いをたくさんfeaturingに入れてアルバムを作ろうとしていたのに誘われたんですよ。それまで友達となんとなく宅録するくらいだったんですが、そこで初めてちゃんとしたレコーディングをしに、鷹の目さんのところに行ったんです。その時、鷹の目さんから、「レコーディングの機会があれば、また是非」と言ってもらえたんですが、そのあと何度かお世話になっているタイミングで、JCPから「Fat Bob’s ORDER」(2010年8月リリース)っていうコンピが出ることになっていたんですよね。「コンピに曲を入れてもいいですか?」と言われて、いいですよー、と答えてたまたま入った、みたいな。

―レーベル自体は結構緩いつながりなんですね。

そうですね、はっきりした契約があるわけでもないし、呂布さん(呂布カルマ)を筆頭に近しい人で集まって……っていう感じでした。
そこからコンピを作るタイミングでは毎回入れてもらっていたし、レコーディングも結構お願いしていたんですけど、俺名義でのEPとかアルバムを、これまで1回も出したことがなかったんですよ。いざとなると、世に出すことの怖さみたいなものもあり、なかなか踏ん切りがつかなくて……。だから周りもケツを叩いてくれていて、俺自身も今年30になったから、20代のうちに1つ作品をまとめたいな、と思って今回のリリースに至りました。

JCP内では、今まで俺がリリースをしてなかったのもあって、今回の作品も好意的に見てくれていると思います。BASEさんがリリースしたその後が俺で、全然スタイルも違うと思うんですけど、「そういう色んなヤツがいるのがJCPは面白いんだよ」って言ってもらえたのも、すごい嬉しかったです。JCPは作品が良ければ、スタイルがこうでないといけないっていう決まりもないんですよ。ラッパーだけではなくて、バンドのリリースもあるし。一方で俺も、このメンバーの中で埋もれないようにするにはどうするか、っていうのをすごく考えましたね。

BASE – Blues Virus feat. Jony the sonata, MULBE

生活が続く限り、ちょっとした変化を拾いながら、曲にしていきたい

―初めてのリリースをしてみて、いかがでしたか?

今までクラブでライブするくらいで、自分の知っている範囲の人にしか聴かせていなかったのが、今回まずYoutubeに「イオン」のPVをあげたら、これまで自分が活動してきた範囲とは違うところからリアクションが返ってきたんですよね。例えば職場の人たち。隠しとったわけではないんやけど、みんな何となく知っている……みたいな状態だったのが、あのPVを見て改めて「おお、あいつやってるんやな」って。CD出すんですよ、って言ったら「お前がやってるんなら買ったるわ」って言ってくれて、会社で15枚くらいCDが売れました(笑)。そうやって自分の活動を改めて認識してもらえたのもよかったなと思いますね。

聴いている人たちに、思った以上に自分の意図していることが伝わっているな、って感じられたのもまた嬉しかったです。「イオン」に関しても、曲調も愉快な感じですし、普通に「楽しい曲だね」で終わるかと思ったんですけど、地方都市にとってのイオンの存在だったりとか、イオンができたことによるポジティブな部分とネガティブな部分だったりについても、聴いた人がいろいろ考えを言ってくれたり、共感してくれている反応が伺えて。

曲自体は、どれも「あるある」が多いとは思うんですよ。聴いてくれている人達とそんなに変わらない生活をしていて、俺自身はそこで感じる「誰にでもある部分」とかをラップに変換して表現していけたらな、と思っているので。ただ、俺は思っていないことは曲にしたくないので、「これに関してはいい部分もあると思うし、悪い部分もあると、思わなくもない…」みたいな曖昧な感じだったら、言い切らずにその気持ちのまま曲にしたいんです。ちょっと八方美人なのかもしれませんが(笑)ネガティブなものをネガティブな部分だけ切り取るよりは、それに関して思うこと全部含めて曲にしたいなぁって感じです。

アルバム全体を通しても、人によって好みのポイントが違うみたいなんですよね。骨折ったことある人だったら、骨折の話(ボンボクラボルト)がいいとか、一人暮らししてる人だったら「小規模な生活」がいい、とか……。最後から2曲目の「RAP」に関しては、これまでの曲の総括でもあるし、今までの自分にとってのまとめの曲でもあるのですが、総じて、プレイヤーとして活動している人は「RAP」がいいって言ってくれるんですよ。人によって好みが違うのは面白いなと思いますし、アルバム作って良かったな、と改めて思いました。

―「RAP」でも歌われている“ラップと生活”って、ある意味、今日本でラップしている人にとって大きなトピックだと思います。昔は誰も働きながら音楽やってる、なんて公言しなかったと思うのですが、最近、SNSでラッパーの方が、仕事のことをつぶやいているのも見かけますし。ラップ・ひいては音楽が、“アーティスト”のものであるべきなのか、人々の生活に寄り添うのかっていうのが揺れているのかなと感じることも個人的にはありますね。

でも、今の時代、みんな働きながら活動しているし、それが普通やから。個人的に思うのは、人間としてまともに生活ができてないと、音楽もできない。だから、仕事をするのは普通なんやろうなと思いますし、その中で、どのくらい音楽をするために自分の状況をコントロールするかですよね。俺の周りにも、ラップをするために、融通のきく仕事を選んでいる人もやっぱりおる。

ただ、なんだかんだ、昔一緒にやってた仲間もラップしたり、DJしたりで、環境は変われど活動してます。俺は高校卒業後就職して、それ以降職場も同じだし、音楽を始めたのもそれ以降なので、それを基盤にして今のペースで音楽を続けられてます。あと、俺は22歳くらいから毎月、名古屋の「Buddha」というクラブで、呂布さん・鷹の目さん達とやってる日本語ラップのイベント「日乃丸」に出てるんですけど、必ずライブをやる場所があったのはでかいと思います。
もちろん、仕事もあったり、家に帰ればダラダラしちゃったり、四六時中HIP HOPのことだけを考えてるわけじゃないんですよ。そのぐらいの時ってライブできる機会もそんなになかったし。でも、毎月ライブをやって、周りに活動をキープしているJCPの人らもいて、曲作らな、練習せなっていうスイッチを入れられる場所があったのが、続けてこられた要素としては大きかったですね。

そういう中で俺自身は、今は自分の生活…仕事したりとか、真人間として生きているところを、曲にするのが合ってるのかなって思って作品を作ってるっすね。もし俺がラップで生活できるようになったりしたら、またそれに合わせて曲も変わっていくやろうし。今の自分が作れる曲を作りたいと思います。それこそ最後棺桶に入るまで、ラップできると思っているんですよ。生活が続く限り、終わりはないと思います。自分の生活が続くうちは、自分の中にあるちょっとした変化を拾いながら、曲にしていきたいなと思います。作っていったアルバムが年表になるように作っていければな、とは思うっすね。だって、人生にトピック、いっぱい落ちとるで(笑)結婚したり、子供ができたり……ずっと独身やったらどうしよう。まあでもそれを嘆くしかないな(笑)

なんて色々言ってますが、全然考えが変わるかもしれないのでその時は「あっ、考え方変わったんやな」と思ってもらえればありがたいですね。

(聞き手:Yasco. / KANEKO THE FULLTIME 構成・文: Yasco. Special Thanks: A.G.O)

▼JEVA / 伊藤純

アティチュードど素っぴん、メンタル素っ裸。鉄の心臓持たぬ一般人「JEVA」の描くジャパニーズ・ヒップホップ・リアリズム。呂布カルマ率いる才能至上主義集団「JET CITY PEOPLE」において独り真逆のサイドを千鳥足で珍走するラッパー、JEVAこと伊藤純。農耕民族日本人としての白米賛歌、失恋を引きずりまくる不器用なラブソング、シンプルな謝罪といった、いわゆるヒップホップのアティチュードとは八線を画す、脚色一切無しの純度(二つの意味で)の高いリアルを描くスタイルで一部の熱狂的なファンに手荒く支持されてきた男の待望のソロデビュー作。客演一切なし、どこをどう切っても純日本的な、いや純伊藤純的な全16曲。

TRACK LIST :
1. 真ん中
2. my name is
3. 矛と盾
4. 願わくば
5. CLUE
6. oh!!米
7. 三食漫遊記
8. ドーナッツ
9. イオン
10. 小規模な生活
11. ネジ穴 (daiki hayakawa Remix)
12. clear blue
13. ボンボクラボルト
14. Mr. ruff na man
15. RAP
16. 謝罪

PROFILE :
三重県員弁郡東員町出身、現在四日市市在住。百姓家系の次男坊、MC JEVAこと伊藤純。大きな身体に小さなエンジンを積んで、いつまで経っても定まらない軸を右に左にぶらしながら伊藤純にしか出来ない伊藤純らしいラップを今なお模索中。生活感といなたさ、弱さがにじみ出る平凡なリリックと人並みのスキルでラップに自身の輪郭を浮かび上がらせる。周りの優秀な人達に助けられ、怒られ、たまに酒に飲まれてやっとこさ自身初のアルバム「伊藤純」をリリース。